漫画家の青鹿ユウ(@buruban)です(´▽`)
はじめましての方はこちらの人物紹介どうぞ
前回の記事はこちら↓
おやつがついてたり、おもちゃがついてたり、旗がついてたり。
かわいくてわくわくするようなお子様ランチ。
そんなメニューを食べていた時の漫画です。
「形」が違うと高い確率で食べてくれません。
(食べても最初の1口がえらい時間かかる)
(味を思い出せばその後食べてくれるけど最初の1口のハードルが高い💦)
家で慣れたものや見知った形で出すものなら割とスムーズに食べてくれるけど
外食の見慣れない形だと警戒して1口も食べてくれないことはざらです。
なので外食の時は絶対形が変わらない「白米」か
問答無用で食べてくれる「素パン」を頼み、あとはBFを食べることが多かったのですが
最近ちょこちょこ「お子様ランチ」などに挑戦することが増えました。
お子様ランチ…いいよね…。あれとってもなんだかわくわくするよね。
子どものためにつくられたごはん。子ども専用のごはん。
旗とか食後のゼリーとかおもちゃとか。
楽しむために作られたといわんばかりのプレート(´▽`)
私はふーみんのコンディションが良く、少しでも食べられそうなものがメインのプレートがあるとついつい「…頼んでみない?」と言ってしまいます。
食べないかもしれないけど。でも、頼みたくて。
「どうせこいつら食べないから頼んでも無駄」
「全部食べないだろ?」
「食べないんだからお母さんの少しあげるからコレ食べなさい」
「せっかく頼んだのに。高いのに」
「お母さんだってたまには好きなもの食べたいのに。あんた達が残すこと考えて好きな物食べられない」
なので私はなるべく安いものを探して「これが食べたい」とウソをつくか
もしくは母が決めたものを半分もらうか
自発的に食べたいお店を主張した場合完食しないと怒られるから「お父さんが食べたいお店がいいな」と言うか。
私にとって長らく外食はそんな場所でした。
なので大きくなってからも外食はしばらく苦手だったのですが一人暮らしを期に
「怒られない、遠慮しない外食最高!!」というのに目覚めて(笑)
外食も好きになりました。
そして月日がたち私が親に。
目の前にはぐちゃぐちゃに半分以上残されたおこさまランチ。
…もしかして、オット君は怒ってたり心の中でため息をついてたりするかな?
とふいに不安になりました。
食べ物を残すことはよくないし…
私達は別に裕福でもない…
もっとふーみんが完璧に食べられるようになってからじゃないと
頼むのはよくないことだったかな…?
私がぐちゃぐちゃになったふーみんの残りを食べるという手もあるけど
それはしたくない…。
あーあ、お母さんも好きなもの食べたいんだけど?って子どもにいったり
顔に出すことも嫌だ。
私は私のすきなものを。オット君はオット君の好きなものを
ふーみんはふーみんの好きなものを
好きなように、好きなタイミングで。食べたい。
でも残されれる食べ物。
いいのかな…?オット君は不愉快だったりするかな…?
これは私のわがままなのだろうか?
「ふーみん専用の食べ物が出てくる喜びの経験ってあるし」
あぁ…なるほど。それはわかる。それ嬉しいよね。
食べないこと多いけど、自分の目の前にお子様ランチ置かれるとふーみんとっても嬉しそうだし。
あちこちちりばめられ旗やゼリーや色ドリドリに目を輝かせるし。
あれは可愛い(´▽`)
あれは良いお顔(´▽`)ってなるよねぇ。
見ていてこっちも嬉しくなるよね。
…でも、それを残すんだよ。経験はぐちゃぐちゃになって残されるんだよ。
もちろんなるべく食べようねって教えたりするけど
食べきれないものもあるし、すべて判断し理解できる歳でもないから残ってしまう。
それを無駄だと思ったりしない??
「…うーん…経験は僕達が”親として頼んで楽しかった”がメインだから
もう頼んで運ばれてきた時点で僕の目標は達成されているから別に無駄だとは思わないかなぁ?」
目からうろこーーー!って思いました。
オット君が「経験」といったときは「確かに。ふーみんの経験になるもんね」と思っていたのですが
オット君の言っていた「経験」のメインの主語は私達だったんです。
これは私達の経験だ。
「食べるかな?喜ぶかな?」といったわくわくとか
「へー!今ってこんなおもちゃとかくれるんだねwすごいねぇw」とか
「最近のお子様ランチについてくるふりかけめっちゃ無添加wすごいwww」とか
「まって!!ふーみん喜んでる顔1枚撮るから!!!!」とか
なにか1品でも初めての形に興味もってくれたりとか
なにより、ふーみんが喜ぶかなぁ?って考えながらオーダーする楽しさとか。
選んで、運ばれた時点でもう満足してるから
その先は…まぁ全部食べてくれたら嬉しいけどあとはおまけかなぁ…って
そっかーーー!そう考えたらいいのかーーー!
そう考えたらなんの罪悪感も無駄だと思う気持ちも軽くなるねーー!
全部食べることがゴールじゃないんだもんねーーー!!!
食べ物を残してしまうというよくない面もあるのですが
でもせっかくの家族の外食を「全部食べたか」「割に合っているか」だけのジャッジで嫌な雰囲気で終わらせるのは…
それは残すこととどっちが重いのだろうか?
私はどっちを優先したいのだろうか?
目的は「自分」に。子どもといえど相手の行動で満足度をきめず
きちんと自分に目的をもっている考え方、とても良いなーと思った出来事でした。
はじめましての方はこちらの人物紹介どうぞ
前回の記事はこちら↓
お子様ランチ
ファミレスや子どもOKなごはん屋さんにあるお子様ランチ。おやつがついてたり、おもちゃがついてたり、旗がついてたり。
かわいくてわくわくするようなお子様ランチ。
そんなメニューを食べていた時の漫画です。
見慣れないものはちょっと…
ふーみんはとても用心深いのか過去食べたことがある食べ物でも「形」が違うと高い確率で食べてくれません。
(食べても最初の1口がえらい時間かかる)
(味を思い出せばその後食べてくれるけど最初の1口のハードルが高い💦)
家で慣れたものや見知った形で出すものなら割とスムーズに食べてくれるけど
外食の見慣れない形だと警戒して1口も食べてくれないことはざらです。
なので外食の時は絶対形が変わらない「白米」か
問答無用で食べてくれる「素パン」を頼み、あとはBFを食べることが多かったのですが
最近ちょこちょこ「お子様ランチ」などに挑戦することが増えました。
お子様ランチ…いいよね…。あれとってもなんだかわくわくするよね。
子どものためにつくられたごはん。子ども専用のごはん。
旗とか食後のゼリーとかおもちゃとか。
楽しむために作られたといわんばかりのプレート(´▽`)
私はふーみんのコンディションが良く、少しでも食べられそうなものがメインのプレートがあるとついつい「…頼んでみない?」と言ってしまいます。
食べないかもしれないけど。でも、頼みたくて。
どうせ残すから頼むの無駄?
自分の幼少期は親からこういわれてました。「どうせこいつら食べないから頼んでも無駄」
「全部食べないだろ?」
「食べないんだからお母さんの少しあげるからコレ食べなさい」
「せっかく頼んだのに。高いのに」
「お母さんだってたまには好きなもの食べたいのに。あんた達が残すこと考えて好きな物食べられない」
なので私はなるべく安いものを探して「これが食べたい」とウソをつくか
もしくは母が決めたものを半分もらうか
自発的に食べたいお店を主張した場合完食しないと怒られるから「お父さんが食べたいお店がいいな」と言うか。
私にとって長らく外食はそんな場所でした。
なので大きくなってからも外食はしばらく苦手だったのですが一人暮らしを期に
「怒られない、遠慮しない外食最高!!」というのに目覚めて(笑)
外食も好きになりました。
そして月日がたち私が親に。
目の前にはぐちゃぐちゃに半分以上残されたおこさまランチ。
…もしかして、オット君は怒ってたり心の中でため息をついてたりするかな?
とふいに不安になりました。
食べ物を残すことはよくないし…
私達は別に裕福でもない…
もっとふーみんが完璧に食べられるようになってからじゃないと
頼むのはよくないことだったかな…?
私がぐちゃぐちゃになったふーみんの残りを食べるという手もあるけど
それはしたくない…。
あーあ、お母さんも好きなもの食べたいんだけど?って子どもにいったり
顔に出すことも嫌だ。
私は私のすきなものを。オット君はオット君の好きなものを
ふーみんはふーみんの好きなものを
好きなように、好きなタイミングで。食べたい。
でも残されれる食べ物。
いいのかな…?オット君は不愉快だったりするかな…?
これは私のわがままなのだろうか?
経験を食べる
オット君は少し考えて「僕は経験を食べるって考えているからあんまり気にならないかなぁ」と答えました。「ふーみん専用の食べ物が出てくる喜びの経験ってあるし」
あぁ…なるほど。それはわかる。それ嬉しいよね。
食べないこと多いけど、自分の目の前にお子様ランチ置かれるとふーみんとっても嬉しそうだし。
あちこちちりばめられ旗やゼリーや色ドリドリに目を輝かせるし。
あれは可愛い(´▽`)
あれは良いお顔(´▽`)ってなるよねぇ。
見ていてこっちも嬉しくなるよね。
…でも、それを残すんだよ。経験はぐちゃぐちゃになって残されるんだよ。
もちろんなるべく食べようねって教えたりするけど
食べきれないものもあるし、すべて判断し理解できる歳でもないから残ってしまう。
それを無駄だと思ったりしない??
「…うーん…経験は僕達が”親として頼んで楽しかった”がメインだから
もう頼んで運ばれてきた時点で僕の目標は達成されているから別に無駄だとは思わないかなぁ?」
目からうろこーーー!って思いました。
オット君が「経験」といったときは「確かに。ふーみんの経験になるもんね」と思っていたのですが
オット君の言っていた「経験」のメインの主語は私達だったんです。
これは私達の経験だ。
「食べるかな?喜ぶかな?」といったわくわくとか
「へー!今ってこんなおもちゃとかくれるんだねwすごいねぇw」とか
「最近のお子様ランチについてくるふりかけめっちゃ無添加wすごいwww」とか
「まって!!ふーみん喜んでる顔1枚撮るから!!!!」とか
なにか1品でも初めての形に興味もってくれたりとか
なにより、ふーみんが喜ぶかなぁ?って考えながらオーダーする楽しさとか。
選んで、運ばれた時点でもう満足してるから
その先は…まぁ全部食べてくれたら嬉しいけどあとはおまけかなぁ…って
そっかーーー!そう考えたらいいのかーーー!
そう考えたらなんの罪悪感も無駄だと思う気持ちも軽くなるねーー!
全部食べることがゴールじゃないんだもんねーーー!!!
食べ物を残してしまうというよくない面もあるのですが
でもせっかくの家族の外食を「全部食べたか」「割に合っているか」だけのジャッジで嫌な雰囲気で終わらせるのは…
それは残すこととどっちが重いのだろうか?
私はどっちを優先したいのだろうか?
目的は「自分」に。子どもといえど相手の行動で満足度をきめず
きちんと自分に目的をもっている考え方、とても良いなーと思った出来事でした。
私の看病エッセイが本になりました
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